東京高等裁判所 昭和30年(行ナ)19号 判決 1956年5月19日
原告 東糧食品株式会社
被告 特許庁長官
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、特許庁が昭和三十年二月十九日に同庁昭和二十八年抗告審判第七二五号事件についてした審決を取り消す、訴訟費用は被告の負担とする、との判決を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。
原告訴訟代理人は請求の原因として、
(一) 原告は「お茶漬の味」なる普通書体の文字を縦書して成る商標につき第四十五類他類に属しない食料品及び加味品を指定商品として昭和二十七年九月二十五日特許庁に登録出願をしたところ昭和二十八年四月十日拒絶査定を受けたので、抗告審判の請求をし、右事件は特許庁昭和二十八年抗告審判第七二五号事件として審理された上昭和三十年二月十九日に右抗告審判の請求は成り立たない旨の審決がなされ、右審決書謄本は同年三月五日に原告に送達された。
審決はその理由に於て、「お茶漬の味」となる商品は多種多様であつて、佃煮、海苔、魚粉を主材とした「ふりかけ」等は勿論のこと第四十五類他類に属せざる食料品及び加味品中にはこれに相当する商品の極めて多くが包含されていること社会通念上明らかなところであり、而して本願商標は何等特異性のない普通の方法で現わされた「お茶漬の味」の文字を縦書したものに過ぎないから第四十五類に属する「お茶漬の味」となる商品を端的に表わした商品の品質表示に過ぎず、自他商品甄別の標識として商標法第一条第二項にいわゆる特別顕著の要件を具備していないものと判断せざるを得ない、又本願商標を「お茶漬の味」となる商品以外のものに之を使用するときは世人をしてその商品が「お茶漬の味」となるものではないかと誤信される恐れが充分であるから、本願商標は商標法第二条第一項第十一号によりその登録は拒否せらるべきものである。尚抗告審判請求人は本願商標は商品佃煮又は「ふりかけ」の代名詞として普通一般に使用し又は使用されていないと主張し甲第一号証乃至第十二号証(本訴に於て原告が立証として後記の通り提出したもの)を提出したけれども上記拒絶理由を覆えし得ない、としている。
(二) 然しながら審決は次の理由により不当のものである。すなわち、
(イ) 審決が本願商標の文字「お茶漬の味」を解釈するに当り、これに「何々となる商品」という観念を附加して「お茶漬の味となる商品云々」と説示しているのは「お茶漬の味」の文字から自然に生ずる語義観念を誤解したものであり、社会通念に照らし失当である。
(ロ) 商標が自他商品を甄別するに足る特別顕著性を具備するか否かを判定するに当つては商標の構成自体の外その商標がその商品の製造又は販売をする当業者間に於て普通一般に使用されているか否かの点を具体的に審理することが絶対的に必要であつて、商標がその指定商品に関しその品質を表示する為に当業者間に普通に使用される事実が認められないときは、特別顕著性がないものとしてその登録を拒否すべきでないことは幾多の判決例及び審判例の示すところであり、原告が審判に於て提出した証拠(本訴に於て提出する後記の甲号各証と同一のもの)もこの点の証拠に外ならないのに、審決が前記のような判断をしたのは右判決例及び審決例の解釈を誤ると同時に右証拠の判断を誤つたものである。
(ハ) 本願商標「お茶漬の味」の「茶漬」とは飯に熱い茶をかけたもの、副食物に香の物などを用いる、熱い飯に魚肉などをのせ、熱い茶をかけたもの」であり(新村出編「広辞苑」(岩波書店発行)参照)、之によれば(1)「熱い飯」と「副食物」と「熱い茶」、(2)「熱い飯」と「魚肉」と「熱い茶」もしくは(3)「冷飯」と「副食物」と「熱い茶」の各味の総和が「お茶漬の味」となるのであるから、佃煮、海苔又はふりかけ等は勿論副食物であり、前記の「お茶漬の味」から「熱い飯」と「熱い茶」とを取り除いただけであつて、それだけでは「お茶漬の味」にはならないのである。従つて本願商標を之等の商品に使用してもその品質を端的に表示したものと言うことができない。
(三) よつて原告は審決の取消を求める為本訴に及んだ。
と述べ、
被告指定代理人は答弁として、
原告の請求原因事実中(一)の事実を認める。
商品「お茶漬」に相当するものは多種多様であり、そのお茶漬の味は千差万別であつて各人の趣向により選択されているところであり、この商品「お茶漬」に相当するものが第四十五類他類に属しない食料品及び加味品中に包含されていることは明らかであるところ、本願商標は何等特異性のない普通の方法で表わされた「お茶漬の味」の文字を縦書して成るものに過ぎず、「お茶漬」は世人により味覚批判されて「お茶漬の味」はどうであるかと言うような意味を含んだことを端的に「お茶漬の味」と表現するのが通例であり、以上の各事実を綜合勘案すれば「お茶漬の味」は端的に「お茶漬」に相当するもの自体を意味する品質表示の語に過ぎないものと言うべく、従つて結局本願商標はその指定商品なる第四十五類に属する「お茶漬の味」となる商品については自他商品甄別の標識たるの要件なる商標法第一条第二項所定の特定の特別顕著性を具備しないものと言わなければならない。又本願商標を「お茶漬の味」となる商品以外のものに使用するときは、世人をしてその商品が「お茶漬の味」となる商品であると誤信させる恐れが充分であり、従つて商標法第二条第一項第十一号により本願商標の登録は拒否されるべきものである。審決には何等原告主張のような不当な点はなく、本訴請求は失当である。
と述べ、
原告訴訟代理人は被告の右主張に対し、商品「お茶漬」と本願商標の指定商品なる第四十五類他類に属しない食料品及び加味品とは、後者が前者の材料の一部に使用される関係に立つに過ぎず、この「お茶漬」に例えば、鯛、鮪、鰕等の魚介類を乗せたものは夫々鯛茶漬、鮪茶漬、鰕茶漬等と言われ、商品「お茶漬」そのものではなく、又右鯛茶漬等の商品が世人に対し直ちに「お茶漬」や「お茶漬の味」等を想起させたり、示唆したりするものでもない。尚又「お茶漬」が第四十五類他類に属しない一切の食料品及び加味品の総称又は各別の通称でもない。以上のように「お茶漬」とか「お茶漬の味」とかが右鯛茶漬等の商品と直接的な連想関係がない以上、本願商標「お茶漬の味」は之等の商品の品質を端的に表示したものでないことが明らかであつて、被告の主張は本願商標を附すべき指定商品と、この商品を材料の一部とする「茶漬」又は「お茶漬」とを混同し、ひいては「お茶漬の味」にまで之を及ぼし、右指定商品と心理上直接連想関係のないものまで之があるように錯覚したものであつて失当である。と述べた。
(立証省略)
理由
原告の請求原因事実中(一)の事実は被告の認めるところである。
本願商標「お茶漬の味」の一構成部分たる「お茶漬」が或る種の飯食店業者によつて販売されることのあることは当裁判所に顕著な事実であり、又「お茶漬」が第四十五類他類に属しない食料品及び加味品の範疇に属することは勿論であるから、右「お茶漬」は本願商標の指定商品に属する一商品の普通名称であることは疑がないところであり、尚「お茶漬」も又味のある食品であることは当裁判所に顕著なところであるから、本願商標の他の一構成部分たる「の味」は指定商品の一たる「お茶漬」の味のあること、即ちその品質を表示したものと解せざるを得ない。然らば「お茶漬の味」は指定商品の一の普通名称にその品質を表示する語から成るものと言うべく、このような品質表示の語が商標として自他商品甄別の標識たるべき特別顕著性を欠いていることは明らかであつて、その登録は許されないものと言うべきである。又他面「お茶漬」自体は極めて淡白な味を有し副食物の味を以て之を引き立たせることが屡々行われることは当裁判所に顕著なところであり、この点から見れば「お茶漬の味」はむしろこの副食物を指示しているとも考えられないこともないが、このように考えなければならない場合には、前記第四十五類に属する商品中右副食物の意味での「お茶漬の味」となり得るものについては、本願商標は単なる商品を示す語に過ぎないものとなるから、自他商品甄別の標識たるべき特別顕著性を具備しないこととなるべく、同時に右「お茶漬の味」となり得ない商品については「お茶漬の味」となり得る商品との商標法第二条第一項第十一号にいわゆる誤認混同を生ぜしめる恐れがあることとなるべく、従つて本願商標「お茶漬の味」を右副食物を指示したものと考えた場合でも、その登録は商標法上許されないものと言わなければならない。
原告は結局本願商標がその指定商品に関しその品質を表示する為当業者間に普通に使用されるものであることを争つて審決が右商標が指定商品の品質表示に過ぎないから特別顕著性がないものとしているのを非難するけれども、本額商標「お茶漬の味」がたとえ審決の説くように佃煮、海苔、魚粉を主材とした「ふりかけ」等の商品の品質をあらわすに普通一般に用いられていないとしても、少くとも指定商品に属する「お茶漬」の前記品質をあらわすに当然一般世人に普通に用いられるべきものと解せられるから、結局原告の右主張は理由のないものと言うべく、その他原告は当裁判所が以上説示したところと異る見解に立つて審決を種々非難攻撃しているけれども、之等の主張は当裁判所に説くところに照らし何れも理由のないものであつて到底認容することができない。
然らば審決が本件商標登録出願を拒否したのは相当であつて原告の請求は失当であるから、民事訴訟法第八十九条を適用して主文の通り判決した。
(裁判官 内田護文 原増司 高井常太郎)